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All-Ranged Juice--ABSteve TURNER 1998:
Steve TURNER, TROUBLE MAN the life and death of Marvin Gaye, Penguin Books, London,1998.
I knew what I wanted
but I didn't know how to get it.
I'm just going to try and give the public
what they want now.
--Marvin Gaye (cited from Steve TURNER 1998, p.110) Notes. * I knew what I wanted ...: 自分の求めるものを知りつつも、いかにそれを得るのかを知らなかったというマーヴィンが、皆の求めるものを提供する立場にいるという。 * Marvin GAYE(1939-1984): 1939年4月2日、ワシントンDC出身(本名 Marvin Pentz Gay Jr.)。牧師である実父からの布教活動と暴力とに影響される。デトロイトに移り、モータウン・レコード社と契約し、リズム&ブルーズおよびソウル・ミュージックの歌手となる。音楽で成功を収める一方で、家庭や税金や麻薬にまつわる問題に悩まされ続け、放浪生活を送る。のちにCBS社と契約して、1982年10月に発表した〈Sexual Healing〉という曲で「ベストR&Bヴォーカル・パフォーマンス男性部門」においてグラミー賞を獲得する(1983年3月)。1984年4月1日、ロサンゼルスにて、実父により射殺される。 *****
AT.:OEVRES DE DESCARTES, publiées par Charles ADAM & Paul TANNERY,
nouvelle édition, J.VRIN, Paris, 1996. ...(頁、行) E.:TOKORO,Takefumi 《LES TEXTES DES 〈MEDITATIONES〉》,Chuo University Press,1994. ...(頁、行) cf.所 雄章 訳「省察」(『方法序説/省察』所収、白水社、1991) ...(7=「読者への序言」、A,B,C...=段落、1,2,3...=文、01,02,03...=節) Line of 《AB》(§701:『方法叙説』について) (1) One extreme line of《AB》(当時の説明は、一般にはあまり用いられていなかった)for ALL-RANGED JUICE [7.A101-A102-A104-A302-A304-B201-B203-B205] 「神と人間的精神とについての問題」には「すでに前に」「手短に私は触れたことがあって」、それは『理性を正しく導きつつ、諸々の学問において真理を探 究するための方法についての叙説』においてである(7.A101:AT.VII,07.01-03/E.P01.04-09)。「1637年に」その書を 「フランス語で出版」するという(7.A102:AT.VII,07.03-04/E.P01.09)打診でもって「私」は「ただ」、読者といわば「協議」のようなことをしたにすぎないが(7.A104:AT.VII,07.05-06/E.P01.11-12)、とはいえ「その後でそれら」の問題を「どんな理由で取り扱うのか」、ということを 「私」は「読者の判断から学び足す」ことができた(ibid.)。というのも、それらの問題を説明するために「私」が辿る道は「一般に使用されているとこ ろからはあまりにも隔たっている」(7.A302:AT.VII,07.09-10/E.P01.17-18)ので、「気持ち」が「虚弱」なうちはいくら 「信じ」たところで、その道に「みずから進み行くこと」は「できない」(7.A304:AT.VII,07.12-13/E.P02.02-04)からで ある。さて、それら二つの「問題について、私が触れていたものにおいて」なされた「反論」は、「留意」には値しなかった (7.B201:AT.VII,07.16-17/E.P02.08-10)が、「これら」二つの点に対しては、「ここで手短に」(7.B203: AT.VII,07.18/E.P02.10)、「私は答えておこう」(7.B205:AT.VII,07.19/E.P02.12-13)。 (2) The other extreme line of 《AB》(当時の説明は、あまり詳しくなかった) [7.A101-A102-A103-A202-A303-B101-B202-B204-B205] 「神と人間的精神とについての問題」には「すでに前に」「私は手短に触れたことがあって」、それは『理性を正しく導きつつ、諸々の学問において真理を探 究するための方法についての叙説』においてである(7.A101:AT.VII,07.01-03/E.P01.04-09)。「1637年に」その書を 「フランス語で出版」した(7.A102:AT.VII,07.03-04/E.P01.09)のだが、「それらの問題をそこで精確に取り扱う」つもりは 全然なかった(7.A103:AT.VII,07.04-05/E.P01.10-11)。というのも「それら」の問題については、もう一度議論が「為されるべきだ、と私は判断していた」(7.A202:AT.VII,07.07-08/E.P01.14-16)ので、それをやたらに「詳しく説くこと」は「無用だ」と「私は思い込んでいた」(7.A303:AT.VII,07.10-12/E.P01.19-P02.02)からである。さ て、「フランス語でもってあまねくあらゆる人々に読まれるべく書かれたものにおいて」(ibid.)「私が願っておいた」ところ、「私の書いたもののなかで皆と出くわした」ものが「何か非難に値する」としても(7.B101:AT.VII,07.14-15/E.P02.04-07)、それは「二つ」(7.B202: AT.VII,07.18/E.P02.10)だけだったので、「それら」の問題の「いっそう精確な説明に着手する以前に」(7.B204: AT.VII.07.18-19/E.P02.11-12)、「私は答えておこう」(7.B205:AT.VII,07.19/E.P02.12- 13)。 (3) The moderate line of 《AB》(当時の説明は、まだ整備されていなかった) [7.A101-A102-A201-A301-B102-B203-B205] 「神と人間的精神とについての問題」には「すでに前に」「私は手短に触れたことがあって」、それは『理性を正しく導きつつ、諸学問において真理を探究す るための方法についての叙説』においてである(7.A101:AT.VII,07.01-03/E.P01.04-09)。「1637年に」その書を「フ ランス語で出版」した(7.A102:AT.VII,07.03-04/E.P01.09)のは、それらの問題がひじょうに「重要なもの momenti」だと「私には思われた」(7.A201:AT.VII,07.07/E.P01.13-14)からであるが、「それら」の問題を「説明するために私が辿る道は、あまり 整って」なく、「なじんで」ない(7.A301:AT.VII,07.08-09/E.P01.16-17)。ただ、もし何か非難されそうなものがあれば、それについては、読者こそが「私に」対して「厭わずに忠告していたはず」だ(7.B102:AT.VII,07.15-16/E.P02.07-08)。そこでまず、「これら」二つの点に対しては、「ここで手短に」(7.B203: AT.VII,07.18/E.P02.10)「私は答えておこう」(7.B205:AT.VII,07.19/E.P02.12-13)。arranged by K.-m. as the SHYNAMITES.
初出:"What a cool believes"(blog),Mar.26,2007. * 語句を一部、訂正致しました(2009/8/28)。 TrackbacksWeblogs that reference this entry
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