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    All-Ranged Juice--2solid-722

    AT.:OEVRES DE DESCARTES, publiées par Charles ADAM & Paul TANNERY,
    nouvelle édition, J.VRIN, Paris, 1996.
     
    ...(頁、行)
    E.:TOKORO,Takefumi 《LES TEXTES DES 〈MEDITATIONES〉》,Chuo University Press,1994.
      
    ...(頁、行)
      cf.所 雄章 訳「省察」(『方法序説/省察』所収、白水社、1991)
      
    ...(7=「読者への序言」、A,B,C...=段落、1,2,3...=文、01,02,03...=節)

    The 2nd Solid of 《ABCDE2G1-E1F2-F1G2》 (§722:人伝ながらも好奇心)
    for ALL-RANGED JUICE
    [7.A101-A102-A103-A202-A303-B101-B202-B204-B205] [7.C101-C104-C202-C205-C303][7.D101-D103-D200-D302-D305-D403] [7.E301-E302-E305-E307-E402-E403][7.G101-G103-G104-G107] [7.E102-E203-E204-E206-E208-E209-E211][7.F401-F404-F502]
    [7.F101-F102-F202-F303-F305-F306]
    [7.G201-G202-G204-G301-G303-G304-G402-G403]

       「神と人間的精神とについての問題」には「すでに前に」「私は手短に触れたことがあって」、それは『理性を正しく導きつつ、諸々の学問において真理を探究するための方法についての叙説』においてである(7.A101:AT.VII,07.01-03/E.P01.04-09)。「1637年に」その書を 「フランス語で出版」した(7.A102:AT.VII,07.03-04/E.P01.09)のだが、「それらの問題をそこで精確に取り扱う」つもりは 全然なかった(7.A103:AT.VII,07.04-05/E.P01.10-11)。というのも「それら」の問題については、もう一度議論が「為されるべきだ、と私は判断していた」(7.A202:AT.VII,07.07-08/E.P01.14-16)ので、それをやたらに「詳しく説くこと」は「無用だ」 と「私は思い込んでいた」(7.A303:AT.VII,07.10-12/E.P01.19-P02.02)からである。

      そこで、「フランス語でもってあまねくあらゆる人々に読まれるべく書かれたものにおいて」(ibid.)「私が願ってお いた」ところ、「私の書いたもののなかで皆と出くわした」ものが「何か非難に値する」としても(7.B101:AT.VII,07.14-15/E.P02.04-07) 、それは「二つ」(7.B202:AT.VII,07.18/E.P02.10)だけだったので、「それら」の問題を「いっそう精確」に「説明」する前に (7.B204:AT.VII,07.18-19/E.P02.11-12)、「私は答えておこう」(7.B205:AT.VII, 07.19/E.P02.12-13)。

      まず「第一点」として(7.C101:AT.VII,07.20/E.P02.13)、みずからを「思惟する事物である ということ」(7.C104:AT.VII,08.03/E.P02.17-18)は、せいぜい「私」によって「知得」だか知覚だか(perceptionem)されるかぎりで、「秩序」づけられているに すぎない(7.C202:AT.VII,08.08/E.P02.24-P03.01)。とはいえ、「みずからのうちに思惟する機能をもつ事物」 (7.C205:AT.VII,08.11-12/E.P03.05-06)だけが「実際に」真なる事物として(revera)「私の本質に属する」ものだ、ということは「ほかならぬ」「帰結となる」 (7.C303:AT.VII,08.14-15/E.P03.09-11)。
      つぎに「もう一つの点」として (7.D101:AT.VII,08.16/E.P03.11)、「私」より完全な事物の「観念そのものが、私より完全であることは帰結しない」 (7.D103:AT.VII,08.17-18/E.P03.12-14)、という反論に対して「私は答える」(7.D200:AT.VII, 08.19-20/E.P03.16-17)。

      「ここに潜んでいる」のは、「観念という語において等しく呼ばれる」二つのことである(ibid.)。すなわち、「知性 の作用」として(7.D302:AT.VII,08.21/E.P03.18-19)の意味と、「そうした作用によって表象され再現された事物」として (7.D305:AT.VII,08.22-23/E.P03.20-21)の意味とである。それを「詳しく開陳」するのが、「以下」に続く本論である (7.D403:AT.VII,08.27-28/E.P04.03-04)から、ここでは「私はただ一般的に云うだけにする」(7.E301: AT.VII,09.08-09/E.P04.20-21)。結局、‘無神論者たち’のせいで「公然とはびこっている」もののすべては、「神の実在を攻撃するため」のものである(7.E302:AT.VII,09.09-10/E.P04.21-23)。それによると、「我々の精神にはひじょうに大きな力 と知恵とが授けられている」(7.E305:AT.VII,09.12-13/E.P04.24-P05.02)という。しかし「我々が」いくら「決定し把握しようと試みたり努めたり」しても(7.E307:AT.VII,09.14/E.P05.03-04)「把握しきれない無限なもの」こそが「神」な のである(7.E402:AT.VII,09.16-17/E.P05.07-08)から、‘無神論者たち’の主張から産み出されるものは「我々にとって は」困難とはならないはずだ(7.E403:AT.VII,09.17-18/E.P05.08-09)が、だからといって「他の人々が私に対してすべて において最初に外見で満足しうる」かどうかについては、「私は」そうした他の人々に「全然約束していない」(7.G101:AT.VII,10.06- 07/E.P06.09-11)。

      「なるほど、‘省察’において私の開陳する」のが「その思索そのもの」になる「だろう」(7.G103:AT.VII,10.09- 10/E.P06.14-16)。そしてこの思索を「術 ope」として、「私」は「確実」に「そして明証的」に「真理」を「認識」するに「至った」、と「私には思われる」 (7.G104:AT.VII,10.10-12/E.P06.16-18)が、はたしてそのようにして「他の人たちをもまた納得させることができる」の か(7.G107:AT.VII,10.13-14/E.P06.20-21)。

      残念なことに、ほかに「私」の見た或る二つの文章で「攻撃されていた」のが、すなわち「私」よりも完全な「事物について」の 「私」の「根拠」であるが、これはべつに「結論」の如きものでは「ない」し、そのように攻撃したほうの「議論」は、「‘無神論者たち’」に「共通な」議論の「場から借りてきた」も のであった(7.E102:AT.VII,08.30-09.01/E.P04.06-10)。このように「本末顛倒で薄弱な」「判断」をする人々は多い が(7.E203:AT.VII,09.03-04/E.P04.12-14)、それは、そうした人々が「最初に受け取った諸々の意見によって」 (7.E204:AT.VII,09.04-05/E.P04.14-15)「説得されて」信じ込んだまま(7.E206:AT.VII, 09.06/E.P04.16-17)、「後で」その人々の「聞いた」(7.E208:AT.VII,09.07/E.P04.17-18)のが、「かの意見の反駁」 (7.E209:AT.VII,09.07/E.P04.18)だったからである。したがって、「私」が「先に言及」すべきなのは、それらの意見に関して では「なく」て(7.E211:AT.VII,09.08/E.P04.19-20)、むしろそうした人々に「関して」(7.F401:AT.VII, 09.28/E.P05.23-24)なのである。

      ところで「しきたりのなかに居る in more est」「多くの人たちにとって」(7.F404:AT.VII,09.30- 10.01/E.P06.02-03)「容易ではない」ことがある(7.F502:AT.VII,10.04-05/E.P06.07-09)。すなわち それは、「緊要であるか、もしくは答弁に値するようなものを何か反論する」ことであろう(ibid.)。

      「今」のところ「私」は、「人様の判断を一度はなんとか見聞きすることで経験して」いるが、「その後で」(7.F101: AT.VII,09.19-20/E.P05.09-11)、「再び着手する」のは、「神と人間的精神とについての同じその問題」である(7.F102: AT.VII,09.20-21/E.P05.11-13)。よって「私が期待する」のは、決して「読者」が群がることではなくて(7.F202: AT.VII,09.23-24/E.P05.15-17)、「精神を感覚から」(7.F303:AT.VII,09.25-26/E.P05.19- 20)「引き離すことができるようになり、そしてまた」引き離そうという「意志をもつようになる」ことだ(7.F305:AT.VII,09.26- 27/E.P05.21)。が、そのような人々には「ごく僅か」しか「遭遇」しないことを、「私は充分に知っている」(7.F306:AT.VII, 09.27-28/E.P05.22-23)ので、後に「私が答える」のは「幾人かの人たちの反論に」対してだけにする(7.G201:AT.VII, 10.14-16/E.P06.21-23)。

      幸い、「気持ち」においても「教養」においても「卓越して」いる(ibid.)彼らのもとには、「これら‘省察’が」 (7.G202:AT.VII,10.16/E.P06.23-24)、予め「吟味されるべく送り付けられてある」(7.G204:AT.VII, 10.17/E.P07.01-02)。そんな彼らから寄せられてきた反論はひじょうに「多く」て「様々」だった、ということで「充分で」あり(7.G301:AT.VII, 10.17-18/E.P07.02-03)、「少なくとも何らかの重要な」(7.G303:AT.VII,10.19/E.P07.05)着想もありうる(7.G304:AT.VII,10.19-20/E.P07.05-06)はずだ。それゆえ、まだ「‘省察’について判断を下さない」うちに、「先に」 (7.G402:AT.VII,10.21-22/E.P07.08-09)、「それらの反論と、そうした」反論に対する「解答のすべてとを」厭わずに 「読み通し」てほしい(7.G403:AT.VII,10.22-23/E.P07.09-11)。

    arranged by K.-m. as the SHYNAMITES.
    初出:"What a cool believes"(blog),Mar.30,2007.

    * 語句を一部、訂正致しました(2009/9/09-9/13)。

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